私がカウンセラーになることを誓うまで③

※こちらの記事は、以前はてなブログで運営していた「爪を12年間かじっていた〜」の投稿記事に加筆修正を加えたものです。

 

 

大学生1年生

1年間の浪人を経て、大学生になった私は、

東京の理系大学に入りました。

で、…これ書いちゃうと、大学名伏せる意味が全くなくなるんですが

入った学部が、

東京にある大学なのに、なぜか1年生の時だけ北海道の僻地にあるキャンパスに飛ばされる

という、知ってる人にはすごく有名な学部でした(^^; (笑

とある学部の1年生約300名だけが通うキャンパスで1年間、寮に住みながら生活するという、なんとも不思議な大学生活。

けれど

いつだって、ひとりじゃない。

周りには仲が良い友達が、ほんとに数え切れないくらいいて。

毎日が修学旅行みたいな生活(寮は4人部屋でした)でした。

浪人時代、精神を半分病みながら生活していた私にとっては天国のような生活でしたo(*^▽^*)o

いろいろと苦労することもありましたけどね。

 

自分と「他人」は全く違う、と初めて知ったきっかけ

楽しい大学生活の中、

その特殊な環境が故に(キャンパスはど田舎にあったので、遊ぶ場所がなかったのです…)、

「いろんな人とじっくり話して関係を深める」

ということが日常茶飯事になり、

私は、初めて

「自分と違う考え方の人の人生に耳を傾ける」という機会に恵まれました。

その途中、私はいろんな人と話をしているうちに、

あることに気づきました。

(心の声)「他人を信じない人って、いるんだ。」

どういうことかというと、

それまで私は、人は皆、自分以外の他人を全員好きなんだと思ってたのです。

自分がそうだったから。すごく、恵まれて育てられたから。

でも、自分と、他人は違う。

自分と、考え方が違う人がたくさんいる。

 

他人を信じない、最後に信じられるのは自分だけ。

長生きはしたくない。自分の祖父母が呆けて、苦しんで死んでいく様子を見ていたから、自分も同じようにはなりたくない。

などなど。

まるっきり、自分と違う人がたくさんいる。

 

自分と違う、人生の正解を導き出す人たちがいっぱいいる。

自分が体験してきた人生は、身につけてきた考えは、

世間で皆、当たり前と思ったりしないんだ…。

違う体験をしている人は、めちゃくちゃいっぱいいるんだ。

と、初めて気づきました。

なんかこうして文章にしてみると

自分の頭の中ってお花畑だったな〜ってほんと思いますが。(^^;

 

「人に優しくして生きていきたい」

自分はどんな人間か?

どんな生き方をしたいのか?

そんな話題で友人と話をし続けると、

ある日、ふと自分の中で

初めての答えが浮かび上がりました。

確か、友人と酒を飲んでいた時でした。

 …私は、自分が幸せだった分、

その幸せを他の人に返すような生き方をしたい。

自分は、

親に、祖父母に、本当に大事に育てられてきた。

なんの不自由もしないで生きてきた。

両親には、費用がものすごくかかる剣道も続けさせてもらって、

大学は浪人をさせてもらって、私立の大学も行かせてくれた。

剣道を通して、いろんな人からいろんなことを教えて貰った。

大学までの友人を含めて、友人は皆私に優しくしてくれて

困った時は助けてくれた。

大学で、いろんな友人の話を聞いて、

本当に、自分は幸せな人間だと理解した時、

自然と自分の口から、「人に優しくして生きていきたい」という言葉が出ました。

この日から、私は「人に優しく」をモットーして生きていくことを

特に意識するようになりました。

しかし、これが

大学生活を混乱させる要因にもなるとは

その時の私は思いもしませんでした………

 

大学2年生〜

「人に優しくして生きよう!」

大学1年生の冬、そう思って

改めて生きていこうと自覚した私は…

大学生生活の残り3年間、地獄を見ることになります。

私は地獄だと思ってます。

 

綺麗な理想を掲げても、現実は甘くない

世の中の理は単純だと、

昔も今も私は信じてますが、

だからって

単純に簡単に生きていけるわけでも、

他の人もそんなわかりやすく生きてるわけじゃない。

どんな人と会って、

何が具体的に起こったのか、ここには書きません。

ブログを始めたばかりの私は、

他の人との物語を書くのがどれだけリスキーなことか、

何が起きるかわからない以上、怖くて書けません。

自分の中身はいくらでもさらけ出してやろうと決めたのですが…

今現在、このブログは

FaceBookとリンクさせているので

ほとんどの方がFaceBookから見てくださっていることはわかっています。

ほとんどの方が、このブログを書いている私自身を

どんな人物かある程度わかった上で、見てくださっています。

本当に、感謝の言葉しかありません。

しかし、今は他の人との物語は伏せさせて頂きます。

いつか、キーとなった方々から許可を貰って、

書けたらなぁと思います。

話が逸れました。

全力。

向上心。

素直。

礼儀作法。

そして、他人への優しさ。

正しいことをしたいという想い。

これが、私の全てでした。

良い人間だと思って頂ける方、もしかしていらっしゃいますか?

けれど、私はとんでもなく無知でした。

今でも後悔していること、

それは

「他人の多様性を受け入れられなかったこと」です。

私が、人に優しくするためにとっていた方法は

「他人と同調すること」。

とにかく共感をする。

相手の気持ちに最大限同調をする。

昔から、読書が好きだったので、共感をするのは得意中の得意でした。

しかし…

私は大学時代

幾つかの団体に所属したり、活動をしました。

大学生活で関わるほとんどの人が、組織の中で関わった人でした。

さて、組織の中で、同調をしすぎるとどうなるのか?

人に優しくしよう! と思った私に待っていたもの、

それは様々な人の、

自分とは違う性格・考え方・怒り方・譲れないもの・信念…

とんでもなく、とまどいました。

正しいことをしたいのに、

正しいことが何なのかわからない。

そして、

他人と同調するためには

ある程度、自分と同じ考え方を相手がしている必要があります。

しかし、私は

自分の価値観でしか他人に接することが出来ませんでした。

結果、どうなるか。

自分の価値観と違う人間とは即刻離れるか嫌うか、という選択肢を取るしかない。

優しくしたいはずなのに、真逆の行動を取っている。

とてつもない苦痛を感じる行動でした。

さらに、この方法は

喧嘩の仲裁をしようとした時には、最悪の方法でした。

喧嘩をしている両方が、全く違うことを言っている。

そして、まだ2人だったらいいんです。

3人、4人、

組織ぐるみの問題であれば、それは無限大に増えていきました。

つまり、

意図せずしてどんどん八方美人になっていく。

どんどん、他人に関われば関わるほど

他人の持つ軸に自分の価値観を惑わされていく。

そして、

なるべく多くの人に優しくしようとしすぎるあまり、

自分を責める。

浪人時代から、私のストレス発散方法は

誰とも連絡を取らずしゃべらず、

布団に入って爪を噛むことになっていました。

 

そして、私は他人に同調し、自分の軸を他人に揺らされやすくなり、自分が誰だかわからなくなっていきました。

これが後々、私の就職活動に多大な影響を与えました。

 

鬱になる人の悩みの平均は、平均3.9個以上だそうです。

私の悩みは、両手で数え切れませんでした。大学生活時代、私の頭の中は、いつも地獄でした。

それでも、

私が鬱にならなかったのは

大学に併設されていたカウンセラーさんのおかげでした。

 

そして、大学3年後半から卒業までの就職活動で、私は最大の地獄を見ました。